ヒルビリー・エレジー|J・Dヴァンス| アメリカの家族の話。それとも、僕らの話?家族、貧困、地方社会

2019年から続く、地方在住の同級生二人の読書会。今回の一冊は、J・D・ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』。アメリカの白人労働者階級を描いた本から、話題は日本の地方産業、家族や教育、能力主義、そして「幸せとは何か」「人間の価値を測る物差しとは?」にまで広がりました。いつものように、少し脱線しながらの対話です。

7年続いた読書会と、今回の一冊

まさ

ということで、読書会です。ちょっと振り返ると、これ2019年から始めてるんだね。もう7年目だ。

のり

すごいね。7年もやってきた感じはあんまりしないけど。

まさ

一番やってた頃は1か月半から2か月に1回ぐらい、年に5〜6回集まってたよね。でも2024年からは年3回ぐらい。今年も3回か。年4回集まっても、うち1回は忘年会みたいなものだったりして。

まさ

仕事も忙しいし、家族とか地域の行事も増えてきたからね。3か月に1回、年4回ぐらいが無理なく続けられる頻度かも。

のり

これまで読んだ本を見返すと、結構ジャンルが広い。夏目漱石、芥川龍之介、三島由紀夫は2、3冊読んだし、谷崎潤一郎も。最初の年から谷崎を読んでたんだね。

のり

耽美派からスタートって、なかなかないよね(笑)。純文学だけじゃなくて、政治や経済の本も年に1冊ぐらいは読んでる。MMTとか『ファクトフルネス』、森永さんの本とか。ジョージ・オーウェルやカズオ・イシグロも読んだし。

のり

選挙の後なんかは、読書会でも政治の話が多くなるね。もともと本の話だけをする会でもないから。

まさ

今回の『ヒルビリー・エレジー』は、何か一つのきっかけがあったわけじゃなくて、YouTubeなんかでいろんな人が取り上げていて、前から気になってたんだよね。

のり

著者のJ・D・ヴァンスって、今はアメリカの副大統領でしょ。ウクライナの大統領とトランプが会談したときに、横からかなり強い調子で発言してた人だよね。俺、なんて攻撃的な人なんだって印象しかなかった。

まさ

あの場面ね。本を読んで、その印象は変わった?

のり

変わったね。大事なものを侮辱されたと感じたら、相手が誰でも臆せず主張する。そういう育ちや価値観が、あの行動につながっているのかなと思った。

まさ

なるほど、ヒルビリー魂が(笑)。ヴァンスは1984年生まれだから、俺たちより3歳ぐらい下か。見た目はもっと上に見えるけど。

のり

髭があるからね。アメリカはマッチョな国だから、髭で貫禄を出してるのかも(笑)。

「政治家の本」だと思っていたら、全然違った

まさ

で、本そのものはどうでしたか。

のり

俺は全く予備知識なく読んだの。正直、現役の政治家が書く本って、自分の主張を正当化する内容が多いんじゃないかと思ってた。だから、今回もそういう本かと思ったら、全然違った。

まさ

これ、出版は2016年だからね。当時のヴァンスはトランプに批判的だった。その後、支持する側に変わっていくわけだけど。

のり

そうなんだよね。今の政治的立場を説明するために書いた本じゃなくて、自分がどんな家族や地域で育ってきたのか、その経験から何を考えたかが中心になってる。しかも、政治だけで解決できる問題じゃない、というようなことも書いている。そこは意外だったし、ちょっとホッとした。

まさ

俺は、こんなに長い本だと思ってなくてびっくりした。最初は登場人物が多すぎて、この人は後からまた出てくるのか、覚えておく必要があるのかって悩みながら読んでた(笑)。

のり

わかる、名前がいっぱい出てきて、誰が誰だか分からなくなる。ただ、難しい言葉は多くないから、文章自体は読みやすかったかな。

まさ

途中から主要な人物が絞られてきて、結構面白くなった。小説家じゃないから、思い出せることをひたすら書いているような感じもするけどね。

のり

俺、アメリカの貧困っていうとラストベルトとか南部のイメージがぼんやりあるだけで、どの地域がどういう関係なのか、地理的なこともよく分かってなかった。そこを考えるきっかけにもなったよ。

国が違っても、家族や世代の感覚は似ている

まさ

この地域にはアイルランド系の移民が多い、という話も出てくるよね。ヨーロッパの田舎からアメリカの田舎へ移り住んだ人たち、というイメージで読んでた。アイルランドの訛りとか、あの辺の文化も関係あるのかもしれないね。

のり

ヴァンス、ちょっとバイキング感あるもんな。ジャガイモいっぱい食べてそうだし(笑)。

まさ

まあ、そんな話もありつつ(笑)。読んでいて、日本人にも重なるところがあると思ったんだよ。粗暴だったり価値観が古かったりする上の世代がいて、その次の世代はそういう親を嫌がる。1世代か2世代しか違わないのに、まるで価値観が違う。国や人種を超えて、似たことはあるんじゃないかな。

まさ

おばあさんのことは大好きだけど、友達がいるときには車から降りてきてほしくなかった、というエピソードがあったじゃない。あれ、俺にも似た感覚があったんだよね。

のり

分かる。俺たちの祖父母は戦争を経験した世代でしょ。戦前、戦後を生きた人たちと、団塊ジュニアの自分たちでは暮らし方も全然違う。 うちの親世代なんかは、大量消費してお金を使うことが美徳、みたいな空気もあった気がする。堅実な人ももちろんいるけど、物をあまり大切にしない感じとか。そういう世代の違いはよく分かる。

のり

そして、上の世代から教わらなかったことを周りの大人たちに教えてもらって、ようやくここまで人間としての精度を上げてきた感じがある。ヴァンスの家庭ほど激しい経験をしたわけではないけど、言っていることは分かる部分が多いんだよね。

まさ

アメリカの特殊な家庭の話かと思ったら、案外、自分たちの話にもつながるんだよね。

アメリカの地方で起きたことは、日本でも起こるのか

のり

ただ、あそこまで家族や地域が崩れてしまう例は、日本だとまだ少ない気もする。地域の文化や共同体が、ある程度残っているからなのかな。

まさ

都市部で地域のつながりがほとんどないところなら、似たことはあるのかもしれないけどね。

のり

でも経済の面では、日本も他人事じゃないと思う。例えば最近だと三重県の亀山。シャープの工場で発展した町のように、大企業に依存する地域ってあるじゃない。工場の動向ひとつで、町全体が大きな影響を受ける。

まさ

仕事がなくなったら、そこに住み続けること自体が難しくなるもんね。

のり

例えば将来、電気自動車への転換が進んだら、静岡あたりには内燃機関の部品を作っている下請け企業も多いでしょ。そういう地域で産業が一気に衰えたら、似た問題が起こるかもしれない。移民が増えて、暮らしや文化の摩擦が起こる可能性もある。

まさ

どこでも条件がそろえば、同じようなことが起きかねないってことだよね。

まさ

ただ日本は歴史の長い国だから、経済が落ち込んでも先祖代々の土地だったり、愛着や共同体が支えになる部分はあるのかも。少子化や核家族化で、そのつながりも年々薄れてはいるけど。

のり

そこがアメリカとの違いなのかもしれない。経済がなくなったとき、何を拠り所にして暮らすのか、という話だね。

まさ

アメリカは移民の国だから、先祖代々の土地とのつながりが薄いよね。仕事までなくなったら、自分がそこにいる意味を失いやすいんじゃないかという気がする。

まさ

それを宗教が支えている地域もあるとこの本では書かれていたよね。例えばモルモン教みたいに、共同体の連帯や生活の規律が強いところもある。宗教の支えが弱い地域では、経済が崩れると立て直すのがいっそう難しいのかもしれない。

「人口の4〜5%」は少数なのか

まさ

ところで、この本に出てくるような、貧困状態にある白人層って、アメリカ全体の何%ぐらいなんだろうと思って、さっき検索してみたんだよね。出てきた数字は、総人口の4〜5%ぐらい、というものだった。

のり

4〜5%か。アメリカの人口を3億3,000万人ぐらいとすると、1,400万人とか、そのくらいになるのかな。俺、中学生の頃はアメリカって2億人ぐらいって聞いた気がするから、ずいぶん増えたなって思う。

まさ

当時は2億4,000万人くらいだったかな。移民の増加もあるんだろうね。

のり

5%って聞くと一部の人たちって印象になるけど、1,400万人って聞くと全然小さくないよね。

まさ

日本に置き換えて考えてみよう。日本の人口の5%って、500万〜600万人ぐらいでしょ。名古屋市が約200万人、愛知県が740万人ぐらいだから、相当な人数だよ。

のり

そう考えると大きいよね。大阪の人口にも匹敵する規模というか。しかも、その人たちが一か所に固まっているのか、全国に散らばっているのかでも状況は違うし。

まさ

ちなみに今の4〜5%って、この本で描かれるような白人層の話、って理解でいいんだよね。

のり

うん。数字がどこまで正確かは別として、割合だけで「少数派だから小さな問題」とは言えないなと思った。

まさ

そして一度、地域の産業自体が失われてしまうと、取り返すのは相当難しい。働く場所がないなら、そこに住む理由までなくなってしまうから。

お金以外に、地域を支えるものは何か

のり

日本には、貧しいながらも慎ましく暮らす、みたいな価値観が農村文化の中にある気がするんだよね。もちろん日本でもお金は大事だけど、経済的な豊かさとは別の価値観が残っていると、少しは支えになるんじゃないか。

まさ

お金だけで人の価値を測る社会だと、経済的に落ち込んだときに、存在意義までなくなってしまうような感じがあるよね。

のり

宗教もその役割を果たすのかなと思った。キリスト教は貧しい人を救ってくれないのかな。作中では教会に行っていない、みたいな話もあったよね。

まさ

ヴァンスが一時期暮らしていた実の父親の家では、キリスト教の福音派の信仰があったんだよね。宗教との距離も、家族によって違う。

のり

それと、ヴァンスの家族ってイタリアンマフィアの映画に出てくる「ファミリーが絶対」みたいな感じもあったよね。祖母がマフィア映画を好きだったという話もあったし。

まさ

アメリカって本当にいろんな人がいる。階層の違いも大きいし、ひとつの価値観で団結するのは難しいんだろうな。

薬物と銃、製造業、そして「強いアメリカ」

のり

それにしても、アメリカではこの本でも出てきたけど、薬物や銃の問題は大きいよなって思う。これがなかったら、もっと違う国になっていたんじゃないか。

まさ

経済だって、ITでは世界的に圧倒的なのに、地方の製造業は衰えている。自国で作れるものがなくなってきている。

まさ

ウォルマートみたいな巨大店ができて、地元の商店街が衰えていく話もある。

のり

不思議なのは、トランプ自身は富裕層なのに、経済的に苦しい白人労働者層からも強い支持を得ていることで。関税をかけたら物価が上がって、かえってその人たちの生活が苦しくなるんじゃないかと思うんだけど。

まさ

トランプは個々の暮らしというより、「強いアメリカを取り戻す」ことを大きく掲げてるのかもしれないね。

のり

国内政策はイメージが先行して見える一方、外交にはある程度ビジョンがあるようにも感じる。

まさ

中国への対抗とか、北極圏の防衛を考えてグリーンランドを欲しがる話とか、戦略として考えている面もあるのかもしれない。

のり

……もう40分? 30分で終わるつもりだったのに、すぐ経っちゃうね(笑)。

子どもの頃の環境は、その後の人生をどこまで決めるのか

まさ

でも、この本は決して他人事じゃないと思った。宗教を信じること、家族や共同体を信じること、そういうなにか共通の価値観を国、社会全体で信じられる状態を維持できないと、バラバラになって格差も広がり取り返しがつかなくなってしまう。

まさ

この本に書かれていたことで、子どもの頃に信頼感を獲得できなかったら、大人になってからそれを持つのは難しいというデータがあったよね。親が何度も変わったり、家庭が貧しく不安定だったりした経験が、その後の本人の経済状況(貧困化)にも大きく影響している。

のり

親の役割って、子どもが一人立ちできるように育てることだと思う。自分で生きていけるようになるための土台を与える。それが大事なんだよね。

のり

東京にいた頃の会社の元上司が、こっちの岐阜に来て、教育への温度感が全然違うって言ってたんだよ。都心だとお受験や公文が当たり前のように話題になるけど、地方ではそうでもない、って。もちろん家庭によるけど、学力や経済力が、その人が見えている世界と結びつくのは日本も同じだと思う。

まさ

確かに子どもへの教育により様々な選択肢を与えるのは大事。でも、だからといってそのゴールが「将来お金持ちになれば成功」でいいのか、という疑問も自分には一方であるんだよね。

「立派な人」と「お金持ち」は同じなのか

まさ

社会が人を評価する物差しが、お金に偏りすぎている気がする。立派な人と、お金持ちの人がイコールになりすぎてる。

のり

メリトクラシー、能力主義だね。

まさ

昔だったら、農作業の知恵がある人とか、その土地のことを何でも知ってるおばあちゃんとか、地域の中で尊敬される人がいたじゃない。お金を稼ぐ能力以外にも、ちゃんと評価されるものがあった。ところがサラリーマン社会になると、給料や出世が価値の中心になってしまう。

のり

そういう物差しで自分を測られると、そこから外れた人は存在意義を見いだしづらいかもしれないね。

のり

しかもこれからは、能力のある人がしていた仕事さえChatGPTみたいなAIに置き換わって、形骸化するかもしれない。そうなったら、お金や仕事で人が価値を出すこともますます難しくなるよね。

努力すれば、誰でも抜け出せるのか

まさ

そろそろまとめで一言ずつ。この本でヴァンスが成功できたのって、俺はかなり運の要素が大きいと思うんだよね。生まれ持った頭の良さ、例えばIQの高さみたいなものもあったんじゃないか。ヴァンスの母親はずっとギリギリの生活をしているが、学校の成績は良い時もあったと書かれていた。ヴァンスの周りには支えてくれる人もいたし、ほとんどの人に同じことが再現できるわけじゃないと思う。

のり

僕は漫画の『ドラゴン桜』を思い出すけど、もともと進学校にいる落ちこぼれが対象だったりするでしょ。努力で逆転する話にも、最初から一定の条件があることはあるよね。社会保障みたいな仕組みもうまく機能するとは限らないし。

まさ

周りに成功した人がいなくて、ロールモデルもいない。そんな環境で、毎日コツコツ頑張れば報われるって信じるのは難しい。しかも今はネットやSNSで、楽して稼いでいるように見える人まで目に入るから、余計にばかばかしく思えることもあるだろうね。

まさ

ただ、だからといって会社や周りのせいにして愚痴ばかり言っていてドロップアウトしたら戻れなくなる。どこにいても自分にできることを、地道にコツコツやっていくしかないんだろうね。

まさ

小さな幸せも見つけながらね。ヴァンスがイラクで子どもに消しゴムをあげたら、その子がすごく喜んでくれて今でも思い出すって話があったじゃない。明日食べるご飯にも困っている人がいる。日本で普通にご飯が食べられて、病院にも行けて、自由や治安がある。そのありがたさも感じながらやっていこう、ということかなと個人的には思いました。当たり前の日常の中に実は感謝することが沢山あるからね。忙しい日々の中で忘れがちだが(笑)。

のり

あと最後に一つだけ。ヴァンスも通っていたタコベルってあったよね。以前仕事でアメリカに行ったときに初めて食べたタコベルのタコスがおいしかったんだよね。日本にも最近あるから、また食べたいなって(笑)。

まさ

最後はタコベルで(笑)。ということで、今回も半分以上が本とは違う話になりましたが。次回も楽しめたらいいですね。ありがとうございました。

のり

ありがとうございました。


編集注:本稿は実際の対話を読みやすく整理したものです。会話中の人数・割合・歴史・政治・社会情勢などには、その場で検索した情報や、二人の記憶・推測・主観が含まれます。検証済みの事実として示したものではありません。

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